文字の洪水に溺れながら

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書評「美しい国へ」〜外的戦略と内的戦略のバランス〜

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いまさら感はありますが安部元首相の「美しい国へ」を読んでみました。
読んでみると思った以上に良書、特に諸外国との関係はかなりクリアなビジョンが示されています。
もっとも、それと同時に「美しい国」とはいったい何なのかという事は結局最後までわかりづらいものとなってしまっていますが・・・。

日本人としてのナショナリティ

突然だけれども、あなたは日本という国を愛しているだろうか?日本という国を誇れるだろうか?

残念ながら僕はまだ本気で日本を愛せない。(理由は割愛するけれども)
そして安部氏はこの問いに確実にYESと答えるだろう。
この本から一番伝わってくるのはこの思いだ。
例えば次のような表記がある。

    • 「(太平洋戦争時の特攻軍の説明の後)---死を目前にした瞬間、(彼らは)愛しい人の事を思いつつも、日本という久遠の悠久の歴史が続く事を願ったのである。今日の豊かな日本は、彼らがささげた尊い命の上に成り立っている。だが、戦後生まれの私達は彼らにどう向き合ってきただろうか。国家のために進んで身を投じた人たちに対し、尊敬の念をあらわしてきただろうか」

そう、安部氏は日本という国のナショナリティの確保のために全編を通してこのような大義を利用した感情に揺さぶりをかけてくる。僕はその言葉を聞くたびに「そりゃ、そう成れれば良いけれども・・・」という悲壮的な気分になってしまった。それはなぜか。

読んでいてそれなりに面白いが、どうしても政治家としての実力、つまり言動を実行に移せるかどうかという能力を疑ってしまいながら読んでしまった最も重要な事は根本的な前提の違いがあるということだ。
安部氏は日本人が例外なく日本を愛している(もしくは愛せる)と思っているのだ。

言いたい事はわかる。
国際化の進む中で、最も多国籍の人が気にするのはその人の固有の文化、民族性だということが官房長官時代から理解できたという姿勢も立派だとは思うし、ある程度正しいとは思う。

しかしだからといって全ての日本人が日本を誇ってはいないのである。そしてどんなに教育を変化させていってもその事実が変わる事はないはずだ。
話せばわかる、といったものは所詮まがい物に過ぎない。

今の日本はまだ戦後の欧州絶対主義が残っているせいで、いや、そもそも日本という国の素晴らしさを感じる点があまりないせいで(社会保険や消費税など、毎日ニュースで悲観的な事ばかり報道され、どこが素晴らしさを感じれるだろうか)、彼の考えは理想でしか無いと思ってしまう。
多分現代の日本人のほとんどは自分の命と国家の維持を比べたときには自分の命を選んでしまうだろう。

安部氏は教育によって日本の自尊心を復活させる趣旨の事を書いている。
具体的にはあまりにも卑下しすぎていた自国の教科書の改訂と、GHQによって作られた憲法の改定、そして厳しい学校評価の導入によってである。

だが、彼は根本的な勘違いをしているように思えてならない。
そもそも愛国心というものは教育されてつけるべきものなのだろうか。
愛国心とは誇れる国が存在するがゆえに、自発的に国を愛する事から発生するのではないだろうか。
国→国民の一方通行の政策だけでは彼の理想は成就しないだろう。重要なのは国と国民との相互依存関係に他ならない。

外交と内政のバランス

この本を読むと安部氏はつくづく外交特化型の政治家であると感じれる。
美しい国へ」という題名からわかるようにメインテーマは彼なりの理想の国のあり方を語っているはずだ。しかし7章のうち4〜5章が日本国内を論じるというよりは日本と諸外国との関係を論じているのはどうだろうか。
いや、実際外交ビジョンはかなりはっきりとしていて、明快であり、頷けるところも多かった。自衛隊の派遣に始まり日米関係、北朝鮮への対応などかなり現実的な考え方である。インドにまでしっかりと言及している点は舌を巻いた。(ただしロシア関係除く)

しかし、しかしだ、国は内政もあるという事を忘れてはならない。
周りの国との関係が上手くいけば自国が上手くいくとは限らない。

社会保険と教育の問題だけ解決しても国は動かないんです。
経済活動に全く触れていないのは資本主義国家としてどうなんでしょううか?

    • 小さな政府でもなく大きな政府でもなくその中間の存在こそが日本にふさわしい国家である

それじゃあ、そのためにはいったいどのような事を行っていくのですか?

この本は内政についての意見があまりにも外交と比べて少なすぎます。
日本の首相という形式上でもトップに立てる人は外交も内政もその両方の能力が高度に要求されます。
その点で言うと外交の実力がわかるがゆえに、弱点である内政の実力不足という点が克明になってしまっていました。

美しい国」とは?

実はこの本、本の中では一度も「美しい国」という表記は出てきていません。
唯一美しいという表記と国という表記が重なって出てきたのは次の文章だけです。

    • 私達の国日本は、美しい自然に恵まれた、長い歴史と独自の文化を持つ国だ。

先に断っておきますが本文中に自然について言及した箇所はほとんどありません、にもかかわらず題名の美しい国というのは自然の事を指し示しているのか?と首を傾げざるを得ない文章です。彼はきっとこの題名はあまり内容に関係なく、語感とイメージによって選んだのでしょう。
美しい国」という言葉はしばしば、曖昧だが魅力的な言語で賛同を募るプロパガンダの典型的な例として使われてしまっているが、この内容との隔離を考えれば致し方ないのかもしれない。(もっともどれだけの人間がこの著書を読んだ後に曖昧なプロパガンダだと批判しているのかは疑問ではあるけが。「第三の波」という題名だって一度聞いただけでは内容はわからないけれども著書を読めばその内容はわかる。もしこの著書もそういう類だったらどうするのだろうか)
きっと彼のあとがきや、本全体から考えるにこの本にふさわしい題名は「誇りのある国へ」だろうと思う。最後まで日本としてのナショナリティーを考えているこの本にはこの題名こそがマッチするような気がする。


ちなみに次は麻生首相の「とてつもない日本」を読んでいるので、比較とか出来たらとか思います。

とてつもない日本 (新潮新書)

とてつもない日本 (新潮新書)

今まではどうテーマの本を同時期に読むと考察が深めれるとわかってきたところだけど、こうしてテーマは違えど同じ役職の人の著書を同時期に読むって言うのも凄く勉強になりますね。